小春だより過去ログ


不動産のさくら
株式会社 櫻不動産
10月号  №113
発行日 平成24年9月27日

みなさん、こんにちは。すっかり朝夕が涼しくなりました。食べ物がおいしい季節ですね。実は味おんちの私は、何でもおいしくいただけるのであまり季節は関係ないのです(汗)。先日、妻が‘水を多く入れすぎてご飯をたくの失敗した!’ということで、べたつきぎみの水の多いご飯だったのですが、私は知らずに「おいしいぞ、今日のごはんは!!」と言い、あきれた顔をされたのでした・・・。 料理が得意の妻とすれば、おいしい料理でも失敗した料理でも‘味がわからない旦那’にはつくりがいがないようで・・・。ある意味いい旦那?!だと思うのですがねえ~。
しか~し先日、味おんちの私でもわかる、まずいラーメン店のラーメンを食べました。表面のぬる~いスープの下に“冷たいめんがまるく固まったまま入っていた”非常にびっくりしたアイスラーメン?!でした。(もちろん、ただのめんのほぐし忘れです)店内には‘大阪のおかんの愛情たっぷりのラーメン’という宣伝でしたが、どうやら大阪のおかんはアルバイトの茶髪のあんちゃんに愛情をもってラーメンの作り方の教育をしていないようでした・・・。
やっぱりラーメンは『来来亭』だな!!ということで、今月も元気にいきましょう!!

☆ ハッピーバースディ!! ☆

の友人で宝石店の2代目のイケメンの若旦那さんで『じゅえりー いはら』の井原一成さんという方がいらっしゃいます。その井原さんのお父さんがこの夏誕生日を迎えました。65歳になられたそうです。で、そのお父さんが誕生日を迎えるにあたってこんなお話をしてくれました。(以下の文です。)


「誕生日の思い出といえば、小学校低学年のころ、今から60年くらい前でしょうか、誕生日のお祝いとして赤飯(せきはん)をたいてもらったことが一番の思い出です。外米(がいまい=外国から輸入するお米)でたいたのか、少し水っぽい、色もうす~い赤色の赤飯でした。でもとってもうれしかったことをおぼえています。
私の家は‘貧乏人の子だくさん’でしたが、私を育ててくれた両親には本当に感謝しています。戦後しばらくのころで、東大阪の小若江の実家も住宅事情が悪く、6帖と4畳半と台所だけの小さな家に住んでいました。そんな小さな家に親戚など、3家族10人?!という大家族で住んでいたのですよ。
なので、当時赤飯をたくというのは家族の祝い事をするための特別な日なのですね。晩ご飯に赤飯をいただいて、家族の皆から「富生、おめでとう!!」(富生さんは井原さんのお父さんの名前)といわれました。男ばかりの6人兄弟なので誕生日プレゼントなどはもらったことがありませんでしたが、皆で赤飯を食べて、「おめでとう!!」とお祝いをしてくれる、それで充分でした。
今はほんといいですね。色んな誕生日プレゼントが用意されていますね。年の数だけローソクがのったバースデーケーキ、花束、アクセサリー、身の回りの小物、家や外食でのごちそうなどなど・・・。いらないのは年と老いだけですね(笑)。
誕生日はこの世に生を受け、この日まで生きてきた、生かしていただいた、ことについて、生み、育ててくれた親や周りの人に感謝をあらわす日なのです。

私は育ててくれた両親、周りのかたはもちろん、いままで育てていただいたお客様にほんとうに感謝いたします。ほんとうにありがとうございます・・・。」


う、どんどん時代は豊かになりました。私の小学生のころは40年ほど前になりますが、誕生日のプレゼントはもらっていました当時、プラモデルが好きで、誕生日の日に父が仕事から帰って来るのを楽しみにしていました。買ってくれた戦艦や戦車のプラモデルをもらって大喜びしていたのを覚えています。でも、まだケーキは高級品だったのか、我が家ではなかったな~(我が家だけ?!泣・・・。)
かし、一番の思い出はやはり母が作ってくれた手作りの料理でした。特にゆでたまごに甘い肉をまいた料理が好きでした特別な日にはその料理を作ってくれて、とてもうれしかったのを覚えています。
のたび井原さんのお父さんのお話を聞かせてもらい、私もいろいろな方に誕生日をお祝いしていただいてきましたが、その時にお祝いしてもらったことにはすごく感謝するのですが、今まで育ててくれた両親や周りのかたへの感謝の気持ちはたりなかったなあ~、とつくづく感じたのです。
回、井原さんのお父さんに改めて教わりました。誕生日とは今まで生かしていただいたこと、生み、育ててくれた親やまわりの方々、家族、そしてお客様に感謝をあらわす日なのですね。
なさまにおかれましてはそんなことはないと思いますが、もし私と同じく、感謝の気持ちがたりなかったなあ~、と感じたのなら、次の誕生日からはお父さん、お母さん、ご家族、そしてまわりの方々に今一度、感謝の気持ちを思い起こしてみませんか
原さんのお父さんはもちろん現在も社長としてがんばっておられます。こんなお父さんのもとで修行している息子さんの井原一成さんもとても好感のもてる若旦那さんです。もし宝石のことで気になることがあれば「じゅえりー いはら」さんをご紹介しますのでお気軽にお申し付けくださいませ。

井原富生さん、誕生日おめでとうございました。そして、井原一成さん、ありがとう!! いつまでもお2人で仲良く、末永くお店を繁盛させてくださいね。

◇ プロメテウス ◇

日久しぶりに映画を見に行ってきました。『プロメテウス』という映画です。“人類はどこから来たのか?”の宣伝文句に引かれて行ってきました。(ちなみにプロメテウスとは古代ギリシャの神様で人間を作った神、と言われているそうです。)
て、人類(人間)はどこから来たのでしょうか?私たちの地球にはもともと生物がいなくて、海の微生物から魚のようなものに進化し、その魚のようなものが陸に上がりトカゲのようなものになり、そしてやがてサルのような生き物になり、そこから人間に進化していった、と学校で教わりました。
かし、近年ではトカゲからサルになるあいだがどうも説明がつかない、とのことで、人間はどこからきたのか?という話になるようです。(学校では教えませんが)アメリカの研究者の話では、今の全世界の人間は数十万年前のアフリカの女性からの遺伝子(いでんし=人間の設計図、個人を特定する細胞とでもいいましょうか?)を受け継いでいるといわれているのですが、やはりその女性の前がわからないのですね。
ロメテウス」でわかったのは30年前に大ヒットした映画『エイリアン』に出てくる謎の宇宙人の正体でした。私も当時エイリアンを見に行ったのですが、ある星の宇宙人と思われる基地の中で大きな人間のような宇宙人の死体が印象的だったのですが、その宇宙人が今回の映画で登場したのです。この宇宙人が人間と同じ遺伝子であるということがわかったのですが、今回の映画の内容はここまででした。
のでこの映画を見られた方は結局???の気持ちでいっぱいなのでは?と思います。最初のシーンは謎だらけ、そして最後に生き残った一人の女性とロボットがどうなるのか?きっと続編に続くのだと思います。で、人類はどこから来たのか???

ころで、私たちの地球は太陽によって生かされています。太陽からの光と熱で、空気や水、温度など、地球に生きている生き物全てのバランスがとれているのです。いわば命の素なのですね。その太陽がこの広い宇宙にはなんと1000億個もある!と最近フランスの研究チームが発表しました。
陽が1000億個?!って想像がつきません。気が遠くなりますね。ということは、その太陽の周りに地球のような星があるはずで、私たちの地球以外に生命がいるのは間違いありません。宇宙のはるかかなたのどこかの星で、何かの生き物が生活しているのでしょう。
しかしたら、人間ははるかかなたの高度な知能をもった星から来た宇宙人に運ばれてきたのかも?!数十万年前のアフリカの女性ははるかかなたの宇宙人だったのかもしれませんね。

ということで、これが映画の「プロメテウス」の‘人類はどこから来たのか?’の答えだと思います・・・。 「プロメテウス」の続編に期待しましょう。

* 「過失(かしつ)」とは *

前、東京で「公園の噴水の音がうるさい!」とのことで近所の住人が噴水の停止をもとめた裁判があり、裁判所が噴水の停止を認めた、ということがありました。ちょっとびっくりするような話ですが、今日は子供のけったボールが「過失」になるという裁判の話をします。
書によると、過失とは「不注意のためのあやまち」とあります。私たち不動産業者も賃貸マンションなどでの退去の立会いの時に、故意(こい=わざとすること)または過失による破損の場合は借主さんに弁償してもらいますよ、ということになっており、不注意によるもの(=過失)は‘すみませんでした!!’ではすまない、きびしいものなのですね。
聞記事によると、四国地方の小学校5年生の男の子が学校の校庭で、サッカーゴールに向けてけったボールがゴールを飛び越えて、さらに学校のフェンスも越えてしまい、外に出てしまいました。そのボールは道路にころがり、そこに通りがかったバイクに乗っていた80代の男性がボールをよけようとしてこけてしまい、足を骨折しました。
の男性はその後認知症になってしまい次の年に食べ物がのどにつまって死亡してしまいました。そこで死亡した男性の遺族が「死んだのは男の子がけったボールが原因」ということで男の子側に5000万円の支払いを求めて裁判をしたのです。
の裁判で、大阪地方裁判所は「小学校5年生の男の子は、けりかたによってはボールが道路に出て事故が起こることを予想できた」とし、「(ボールが原因で)バイクがこけたことと、その後食べ物をのどに詰まらせて死亡したことにも関係がある」として男の子の両親に1500万円の支払いを命じました
記の説明図を見ると、なるほどあぶなっかしいなあ~、という印象ですが、それにしても学校の校庭で遊んでいた小学校5年生の子供の不注意とは、どうなんでしょうか?失礼ながら四国の田舎の学校とのことで、周囲は田園地帯で車の通行も少ないとのことですから、なおさら子供の不注意と言えるのでしょうか・・・。
れはゴールの置き方に問題があるようですが、それについても裁判所は「男の子がゴールを動かす、など判断ができた」として男の子の過失(不注意でのあやまち)としています
て皆様はどう思いますか?「これからの正義の話をしよう」のアメリカ・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授は「何が正義なのかを言っているのではない、みんなでいろいろな意見を出し合い、話し合うことが重要である!」と。
回の裁判の詳しいいきさつはわかりませんが、事故の後に男の子の両親は子供のボール遊びとはいえ、遺族の方に対して誠心誠意対応したのでしょうか?また遺族の方は状況を見て、冷静な判断をしたのでしょうか?噴水の件といい、お互いが話し合いで解決できたことはなかったのでしょうか?お互いが相手を思いやる気持ちがあったのでしょうか?今回の裁判の話で私もそれが一番気になったのです。

でも・・・、むずかしいです。話し合いでダメだから裁判になっていると思うのですが・・・。ほんとうに考えさせられる裁判の話でした。

§ 編集後記 §

昨年の夏から子供と約束したサッカーのリフティング(ボールを地面につけることなく足で何回も連続てけり続けること)挑戦ですが、ついに100回を達成しました。1年かかりました。しか~し、まだまだで100回いったのはたったの2回だけ。やはり、いつも100回はできるようになってこそ、と思いますので、まだまだ練習は続けます。
というよりも、子供も私との約束はしっかりと守って、つらいときも、苦しいときも勉強しておりますので、なおさらやめるわけにはいかないのでした・・・。(うれしいような、悲しいような・・・。)
いや~あ、それにしても全く今までサッカーをしたことのない私でも、継続して続ければできるものですね。(まあ、かたちはめちゃくちゃですが・・・)

たまには自分で自分をほめてあげたいですね\(^^)/